彼女をたとえるなら・・綿菓子。
ふわふわやわらかいのに、口の中にはしっかりと懐かしい甘みを残していくように
彼女は、ふんわりとした雰囲気を漂わせながらも芯が強く存在感を残す綿菓子さん、なのです。
Photo:c Ken Kato
智加子さんは、布や紙を貼り合わせて刺繍をほどこす“コラージュ”の作品を作っています。
これは日本地図?はたまた鍾乳洞?
小さな布や紙を糸で繋いで生まれるのは、“バラバラの一体感”。
ちぐはぐだけどそんな表現がぴったりくる不思議な魅力が作品から放たれています。
「これは、素材遊びなんです。異素材を組み合わせることで偶然が生まれ、
バラバラなものが一つにまとまる。目の前で増えていく自己増殖ですね。」
智加子さんは今、大分県で行われているアートプロジェクト「BEPPU PROJECT」に
参加しています。これは一つの地域に一定期間滞在して創作活動に取り組む「レジデンス」を
取り入れたプロジェクトで、智加子さんは大分に2か月間滞在し、作家やお客さんたちと
ふれあいながら作品を作っています。
勤めていた職場の退社を機に挑戦を決めた彼女は、現在35歳。
女性としていろんなことを考えるお年頃のはず。躊躇だってするのでは・・?
「結婚とかはもちろん考えます。でも今のアートを始めて5年。
もう後戻りはできないし、ここで頑張らないと止まってしまう気がするんです。
だから今は、目の前のことを自分がいける限り突き進んでいきたいんです。」
ぶれない彼女。そのルーツは学生時代に遡ります。
「高校受験に失敗したんです。そのときに、どうせ頑張るなら好きなことを頑張ろう、じゃあ
絵をやろうとなったのが始まりです。高校卒業後、滋賀の美大に進学しデザインを学びました。
でも、絵を描いてもみんな同じような絵で、どんぐりの背比べ。
そのときに『自分らしさってなんだろう、自分のスタイルをみつけなきゃ!』と思い、
自分の思いで作りあげていくアートを学ぼうと決心しました。そこで、どうせやるなら
大学院ではなく一から、じゃあ国外だ!とアメリカのカリフォルニアへの留学に踏み切りました。
でもそれが実は生まれて初めての海外、しかも単身。言葉も分からなくて大変でした。
毎日失敗で毎晩泣いて・・・なんであの単語が出てこないんだろうとか。
でもせっかくお金をかけて留学しているのならばそれに見合うだけの形に残したいと思って
一番前の席に座り、私は留学生だということをアピールして辞書を片手に授業に向かいました。
言葉が通じない分、甘えられませんでした。でも、だからこそ頑張れたんだと思います。」
彼女から溢れる大樹のようなどっしりとした強さは
自分の好きな道を突き進むため、自ら厳しい場所に身をおき打ち込んだ日々が育んだのかも
しれません。
そして無我夢中で「自分らしさ」を模索した智加子さんは、
昔から好きだった刺繍を用いるスタイルを見出します。
しかし4年半の留学から帰国し東京で作家活動を始めるものの、思うように進まず富山に帰郷。
しばらくは燃え尽きたような状態で家にこもりがちだったそうです。
「東京で何もできなかったショックと富山で何ができるんだという悲観的な思いでした。
でも30歳目前になって自分のことを考えるようになり、せっかく実家にいるんだしチャンスだと
再び制作を始めました。それと同時にアルバイトも始め、人の活気にふれることで刺激を受けて
どんどん元気になってきて。」
節目を前に再びたちあがった智加子さん。
富山で人との交流を広げながら制作を続けるうちに徐々に自分の表現したいものが形となり、
現在の布と紙、糸を用いた「素材感を楽しむ」作風が生まれました。
智加子さんの生き方で一貫しているのは、「みんなと一緒ではなく、私は私らしく」。
それは簡単なようだけど
自分らしさを突き進む以上、言い訳はできないし、負けられないし、案外厳しい。
でも、それが投げ出さずに前へ進み続けることを後押ししてくれるプラスの重圧になり
足止めされるような出来事すらも「自分らしさを知るいい機会」と思わせてくれる。
思いきって「私らしく」いけば、毎日をもっと広く、大きく生きていけるのかも!
さて、新たな一歩を踏み出し、大分で奮闘中の智加子さん。今後の夢は?
「海外のレジデンスにも参加してディスカッションを活発にしたい。
自分の作品のコンセプトをさらにはっきりさせていき、海外にも発信していきたいんです。」
作品さながら、智加子さんもとどまることなく増殖中。
素敵な綿菓子さんは今、大きく、大きく、膨らんでいます!
(みやた・ちかこ 富山市出身)